2013年3月30日土曜日

オートフォーカスレンズの出現

あわててカメラを構えましたが、暗くて先のほうは何も見えません。ピュツと投げた竿を持ち上げると、鈷の先に十五センチくらいの赤蛙がついています。その後も次々と狙いを定めるのですが、どこに蛙がいるのかまったく見えません。仕方がないので、投げだ瞬間にストロボを焚いて何枚か撮りました。写真は現像してみなければわかりませんが、鈷は百発百中で蛙を捕らえていました。帰国してフィルムを現像してみると、投げられた鈷の三十センチくらい先に、眼を光らせた蛙がはっきりと写っていました。タイの田んぼで考えられない視力を持った人に出会ったことから、中学生時代の不思議な体験を思い出したわけです。

どうだい、この写真を撮る上で視力が大切なことは言うまでもありませんが、カメラのレンズにたとえて言えば、数ある人間の中には、ひと絞り以上の明るさを持つ、暗い場所でも人一倍目の利く人がいても不思議はありません。健康診断を受けた七き、血圧やコレステロールの数値については医者からあれこれ教育的指導を受けても、視力については何も言われないのはなぜでしょう。視力が落ちてきているのでテレビを見るのを控えましょうとか、本を読んで目の運動不足を補ってください、なんてことがあってもいいように思うのですが。それに、明暗に対する個人差も知りたいものです。

写真を撮る上では「動体視力」も重要です。特にスポーツ写真、中でもサッカーやラグビーのように、カメラの位置から前後左右に大きく動く被写体は、ファインダーの中にボールを捉えつづけながらピントを合わせ。、プレーの要所を予測しながらシャッターを切らなければなりません。目の前のプレーから四、五十メートル先のプレーまで、緩急をつけたスピードで走り回る様を望遠レンズで追いかけるのです。アップになるほど臨場感も迫力も出ますが、長いレンズほどピント合わせがむずかしくなります。

スポーツ専門のカメラマンは、ほとんどがオートフォーカスの望遠レンズを使っていますが、いまや被写体の先の動きまで読む、動体予測ができるカメラさえ出現しています。被写体を連続して追っかけていると、そのスピードを自動的に計算して被写体の位置を予測し、先回りしてピントを合わせてくれるのだそうです。ひと昔前までは、右手にカメラを持ち、左手で重たい望遠レンズを支えながらピント合わせをしたものです。オートフォーカスレンズの出現はスポーツ写真を飛躍的に向上させましたが、それでもカメラマンは全面的にオートフォーカスに頼っているわけではありません。時には手動に切り替えながら、相手の動きをファインダーの中で追っているのです。動きの激しいスポーツ写真は、一定レベル以上の動体視力を持っていなければ撮れません。体力的にいっても、年齢はせいぜい四十代半ばまででしょうか。

スキーの滑降や一瞬のジャンプをフレーム一杯にアップで撮る彼らの技術には、舌を巻くものがあります。「置きピン」と呼ばれる撮影方法で、あらかじめもっとも迫力が出ると思われる場所にピントを合わせておき、そこを通過する瞬間にシャッターを切るのです。もちろん、ほとんどのカメラマンはモータードライブつきのカメラを使っていますが、それでもみな、最初の一枚に全精力を傾けています。モータードライブはボタンを押している間中、シャッターを切りつづけてくれますが、これは連続撮影のためというより、巻き上げを迅速に行なうことに主眼があるといったほうがいいでしょう。百キロ以上の猛スピードで飛ばしてくるスキー選手の姿を超望遠レンズで、まるで「静物」を撮ったように正確なピントで撮るのですから、いくら置きピンといっても大変な動体視力だと感心するばかりです。