2014年10月9日木曜日

運用マネージャーに対する報酬構造

すなわち、現代の資産市場において、最終的な資金の提供者が自身で資産運用をすることはむしろまれであって、専門的な運用業者に資産運用を委託するのが一般的である。このとき、最終的な資金の提供者が依頼人で、専門的な運用業者が代理人にあたるエイジェ ンシー問題が存在していることになる。具体的に以下では、依頼人がヘッジファンドに出資している投資家で、代理人がそのヘッジファンドの運用マネージャーである場合を考えてみよう。

運用マネージャーは、資産運用に成功して利益をあげれば、利益に比例した報酬を受け取れる。しかし、資産運用に失敗して損失を出したとしても、損失に比例した負担をするわけではない。もちろん失敗した場合には、運用マネージャーは解雇される等のペナルティは受けるとしても、ペナルティの大きさには限度があり、損失額が大きいほど、ペナルティも大きくなるということはない。この意味で、運用マネージャーに対する報酬構造は、有限責任制の性格をもっている。

有限責任制の下では、無限責任制の下や、全額自ら資金を運用している場合に比べて、より大きなリスクをとることが個別的には合理的となるようなインセンティブ(誘因)が生まれることになる。というのは、リスクこアイクをしたことが裏目に出て損失が発生したとしても、その損失のかなりの部分は投資家に転嫁できることになるので、自分自身の負担は軽くなるからである。

こうした事実は昔からよく知られていることであって、様々な工夫によって、そうした有限責任制に伴うインセンティブの歪みを是正することが行われている。例えば、株式会社は有限責任制の組織であるので、それに資金を貸し付けている債権者は、貸付契約の中に各種の財務制限条項等を盛り込むことによって、過度のリスクテイクが行われないように歯止めをかけるのが一般的である。

しかし、インセンティブの歪みを常に完全に除去できるわけではない。そして、右記のようなインセンティブの歪みが残存していると、投資家に損失を転嫁できる可能性が補助金を与えられるのと同一の効果をもつことになって、運用マネージャーにとっては、ファンダメンタル価値よりも(補助金相当額の分までは)割高な価格で資産を購入しても損ではないということになってしまう。このようにエイジェンシー問題が存在すると、ファンダメンタル価値よりも割高であることを認識していても、その価格で資産を取引することがあり得ることになる。